『幸せな人生の最終章!自宅で最後まで”自分らしく”』最期のあり方としての看取り介護

この記事は約3分で読めます。

初めに

現在、選択の自由という観点から最期の死に方を決めるという終活という言葉が一般的になってきた。その1つとして「看取り」という方法がある。
 
新型コロナウイルスによる死生観の変化と看取りという最期のあり方を「幸せな人生の最終章!自宅で最後まで”自分らしく”」で見ていきたいと思う。


要約

新型コロナウイルスによって変わっている死生観

新型コロナウイルスによって、志村けんさんや岡江久美子さんがウイルスによって命を奪われた。その被害は国内だけでも900人の死者が出た。その中で人々の死生観の変化が出てきた。
 
定期的に開かれている生や死について考える会では、看護師や僧侶、会社員などさまざまな人が参加していた。ある会社員は「自分の命は自分ではどうしようもできない」と言ったり、ある看護師は「いつなくなるかは本当にわからない」と述べている。これは新型コロナウイルスによって、このような考えがより一層深まったとしている。
 

今までの死生観の変化

1950年には80%以上の人が自宅でなくなっていました。その後、病院で亡くなる人の数は増えていき、現在では7割の人が病院でなくなっている。しかし、60歳以上の人は自宅で最期を過ごしたいと述べている。その理由としては、「住み慣れた場所で最期を迎えたい」、「最後まで自分らしく好きな場所で過ごした」や「家族と時間を多く過ごしたい」という声が上がっている。
 

自分らしい最期の実現

一般人の人でも、最期の時を自宅で迎えたいという人がいる。小川節男さん(68)は胃がんにかかっており、余命一年とされている。そして、最期の時は家で過ごしたいと述べている。その死生観の背景としては、天安門事件以後の中国をカメラマンとして撮影し続けたことによるものである。小川さんは病院といった閉鎖された空間では時間が止まっていると感じると述べている。
 
そんな小川さんを支援する安井佑さんは、自宅で最期を迎えたいという人を看取るサービスをしている。患者が最後の時間を自分らしく迎えるために、最大限希望にこたえている。小川さんは、お酒を飲むということと生涯カメラマンであるということを希望しており、その希望にこたえている。
 

在宅医療アシスタントとは

医院長である安井さんが勤めているやまと診療所では、在宅での看取りを専門にしている。その中で働いているのは、医療資格は持っていない独自のアシスタントスタッフである。しかし、看取りの現場には欠かせない存在である。在宅医療アシスタントの役割は、患者の意思を引き出すことが仕事としている。
 
やまと診療所では、アシスタント2人と医師1人で仕事に取り掛かる。アシスタントは、カルテの記入や体温、血圧を測る。それだけでなく、医師が言ってることをメモしている。それ以上に、何気ない会話が患者に安らぎを与える。診察は月に2回ほど行っているが、体調が悪くなると数を増やしている。
 

在宅医療アシスタントの仕事・カルテの記入やメモといった医師の補助。・患者の意思を引き出すための会話。

 


看取り介護とは

看取りとは

看取りとは、近い将来、死が避けられないとされた人に対し、身体的苦痛や精神的苦痛を緩和・軽減するとともに、 人生の最期まで尊厳ある生活を支援することである。
 
看取りはターミナルケアと並んで使われることがあるが、治療ではなく介護・介助を指すという点で異なる。
 

看取りは、・身体的・精神的苦痛を軽減する。・尊厳のある生活を支援。・介助や介護。ターミナルケアは、・治療。

 

看取り介護の問題点

1年で現在140万人の人がなくなっている。2040年にはその数が167万人にものぼるとされている。このような社会を多死社会といい、医療保険の財源の膨張するなどさまざまな問題が発生すると予測されている。具体的には、病院の入院ベッドが不足することによる死亡場所の不足があげられる。
 
厚生労働省によると、2040年には約41万人の看取り場所が足りなくなると推計されている。つまり、このままでは「最期の時を迎えても死ぬ場所がない」”看取り難民”が発生してしまう。


まとめ

ここまで読んでいただきありがとうございます。
 
最期のあり方として、家で看取り介護をされるというのは病院で最期を迎えるよりは好ましいことだと思う。このまま、高齢化がより進んでいくと、病院がパンクしてしまうという問題点から考えると、看取りはよい一つの解決案であると考えることができる。


 

タイトルとURLをコピーしました