『私も不妊手術を受けさせられました~優生保護法の外で~』優生保護法による人権侵害と裁判

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初めに

結婚をして子供を産むことは私たちが正当に持つ権利である。しかし、以前は優生保護法という形で、障害者の不妊手術が本人の同意なしで行われていた。そして、優生保護法の外でも、その被害を受けている人がいる。

そういった問題を『私も不妊手術を受けさせられました~優生保護法の外で~』で見ていきたいと思う。

 

旧優生保護法ってなに? - 記事 | NHK ハートネット
旧優生保護法(1948~1996)のもとで行われていた障害者の強制不妊手術。今年1月、宮城県の60代の女性が、知的障害を理由に手術をされたことは憲法違反だったとして国家賠償請求を起こしたことをきっかけに、いま全国各地で声があがり、実態の掘り起こしが進められています。そもそも、優生保護法が生まれた背景はなんだったのでしょ...

要約

優生保護法とは

2018年5月旧優生保護法(1948~96年)に関して、国を訴える裁判が行われた。この法律は、本人の同意がなくても、障害者への不妊手術を行うものある。この法律の目的は、障害を持った子供の出生を防ぐためのものであった。全国で、少なくとも16500人の人がこの法律で不妊手術を行われたと言われている。

 

国は優生保護法で行われた不妊手術について調べている。しかし、その中で個人が特定で来る文書が残っているのは2割である。また、下記で述べるような優生保護法の外で行われた施術についてはほとんどわからない現状にある。亡くなっている人がいる場合もある。

優生保護法の外で行われた不妊手術

しかし、この優生保護法の外で、不妊手術を受けさせられた人たちもいる。幼少期の時に脳性麻痺になった中村さんは「初潮を迎えたことから、介護士の方から嫌な顔をされることもあった」と述べている。このような背景から、中村さんは子宮の摘出手術を行った。

 

中村さんは自主的に手術を行ったため、優生保護法の範囲には含まれていない。しかし、専門家は優生保護法を政府が認めていたことから、社会のそれを認めている方向性があったという。そのため、中村さんは優生保護法による被害者となる。脳性麻痺の被害者で、不妊手術を勧められた人は多い。

 

また、優生保護法が廃止になった後も、障害者が子供を産むことが悪であるという風潮が残っていたため、身内に不妊手術を要求されて、断れなかったということも起きている。


優生保護法とは

優生保護法とは

この優生保護法は、19世紀後半にフランシス=ゴルトンが提唱した優生学は、20世紀になって世界的に国民の保護や子孫のためとして支持を集めるようになった。そのため、アメリカやドイツなどでも団手法が定められるなどして、個人の決定なしに中絶や避妊を合法化するといった法律が定められた。日本でも1940年に国民優生法が制定され、戦後1948年に優生保護法が定められ、1996年まで続く。

 

優生保護法に関する裁判

2020年6月30日に旧優生保護法の下で不妊手術を強要された東京都の男性(77)が3千万円の国家賠償を求めた訴訟の判決が、東京地裁で行われた。藤正晴裁判長は憲法13条が保護する私生活の上の自由を侵害すると判決を示したが、手術から20年以上が経過し、賠償請求権が消滅しているとして、原告の請求を棄却した。

 

2019年の5月の仙台地裁でも同様の理由で、訴訟が行われた。当時の訴訟の最大の争点となったのは、不法行為があっても20年で賠償請求権が消える「除斥期間」が適用されるかだった。原告側は統治子供であったことから20年の計算は始まっていないとした。しかし、判決は「原告に生じた損害は手術時に発生したか、発生が予測できるものだった」などとして除斥期間を適用した。


記事③

 


まとめ

ここまで読んでいただきありがとうございます。

 

優生保護法が廃止されたことで問題は終わったかのように思われるが、様々なところで苦しんでいる被害者がいるという現状にある。そういった被害者の人たちに向けて、国は何かしらのサポートを行ってはいないようである。


 

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