【「黒い雨」訴訟とは】現代まで続く原爆被害者の裁判

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初めに

原爆が投下されて75年が経つが、原爆による問題はまだ残っている。その1つとして「黒い雨」訴訟がある。

 

「黒い雨」訴訟がどのようなものであるのかを見ていきたい。


記事①

「黒い雨」訴訟とは

原爆から75年経った今でも広島、長崎で「被爆地域」が定まらない。それによって、国による援護策が行われていない地域もある。1957年に国は一度被ばく地域を定めている。その地域にいたことが証明されれば、原爆の影響を受けたとみなされて、被爆者手帳が交付されるという仕組みとなっている。長崎では、1974、76年と2002年に2度見直しがされており、現在「爆心地から南東12キロ、東西7キロ」の線引きが確立されている。

しかし、現在行政が定めている範囲の外にいた人たちも原爆による健康被害を訴えている。2002年には地域外であるが爆心地から半径12kmにいた人を被爆体験者と区分するものができた。しかし、被爆体験者は年に一度の健康診断などしか受けることができず、医療費が無料の被爆者とは支援内容が大きく異なる。そのため、現在も「黒い雨」訴訟が行われている。

被爆者…爆心地から南東12キロ、東西7キロの地域にいた人で、健康診断や医療費が無料である。
被爆体験者…地域外であるが爆心地から半径12kmにいた人で、年に一度健康診断を無料で受けることができるが、医療費は無料ではない。

今回の「黒い雨」訴訟

広島への原爆投下後に振った「黒い雨」めぐって、裁判が行われた。広島地裁判決は「黒い雨は特例区域にとどまるものでなく、より広範囲で降った」として住民ら84人全員を被爆者と認め、被爆者健康手帳の交付を命じた。

 

この勝訴に対して、加藤勝信厚生労働相は12日に控訴をしたと表明した。加藤勝信厚生労働相は控訴の理由を「十分な科学的知見に基づく裁判とは言えない」と説明した。そのため、最新技術を用いて可能な限り検証を行うとした。

 

この酵素に対して、原告らが高齢者であり、長引くことが懸念されている。「最後の望み」とした提訴から5年がたち、当初の原告88人のうち16人が判決前に亡くなった。


「黒い雨」訴訟への反応

肯定的な意見

放射能の雨を浴びた方々、戦争体験された方々と同じく長年辛い思いをされたと思います。大事なことは今いらっしゃる団体の方や語り部からできるだけたくさんのことをお聴きし、国全体で共有し今後に生かすことだと思います。日本は言うまでもなく、世界の他の国が二度と過ちを犯しませんように。

批判的な意見

実態が分からずとも放射線被害に苦しむ人々を救うという被爆者援護法の理念。

そんな理念なんかないでしょ。実態がわからないのにどうやって保証するのか?

科学的根拠が「雨が降った地域がわからないの」と言ってるが、75年前の降雨領域などわかりようがない。平均寿命以上に生きてる訴訟者が放射能の被害と言われても納得できない。

原爆を投下したアメリカに請求するのが筋ではないだろうか?

Twitterでの反応


まとめ

ここまで読んでいただきありがとうございます。

 

国が「黒い雨」訴訟を控訴したことによって、裁判が長期化することが予想される。原告が高齢者であることから、裁判が長期化することによって、勝訴したとしても、被爆者手帳の恩恵を得ることができないかもしれない。

 

しかし、原告らが80歳以上であることから、黒い雨の影響を受けていないのではないかという意見も一定数ある。そのため、裁判では迅速に行うとともに、科学的根拠が必要となってくるだろう。


 

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